2010 音楽の殿堂

浅川マキ 2010-01-17 享年67

 劇作家で詩人の故寺山修司さんに見いだされ、「かもめ」などの曲で団塊世代を中心に人気のあった歌手の浅川マキ(あさかわ・まき)さん(67)が17日夜、名古屋市内のホテルの自室で倒れているのが見つかり、その後死亡していたことが18日分かった。名古屋・中署によると、死因は急性心不全で事件性はないという。石川県白山市出身。葬儀は近親者のみで行う。

 浅川さんは15日から17日まで3日間、名古屋公演の拠点にしている名古屋市東区のライブハウス「ジャズ・イン・ラブリー」に出演するためホテル入り。15、16日は予定通り出演し、最終日の17日も午後7時30分から出演することになっていたが、会場に姿を見せないため、ライブハウス側がホテルに連絡。同8時20分ごろ、裸で浴槽に顔をつけた状態で倒れていたのが見つかり119番通報、搬送先の病院で死亡が確認された。

 中署によると、浅川さんは16日のライブ後、食事をして17日午前0時ごろ、1キロほど離れたホテルへ戻っていた。ライブハウス担当者は浅川さんに持病があることを知っていたと言い、17日に会場入りしない浅川さんを心配してホテルに連絡した。室内に荒らされた形跡などはなく、病死とみられる。

 浅川さんは高校卒業後に一度就職したものの、その後、歌手を目指して上京。1967年に「東京挽歌(ばんか)/アーメン・ジロー」を発表。68年に寺山さんが演出した東京・新宿のアンダー・グラウンド・シアター「蝎(さそり)座」のワンマン公演が若者たちの熱い支持を得た。黒装束に身を包んだ独特のライブ活動で知られ、ステージを主体の音楽活動を展開、「アングラの女王」と呼ばれた。毎年大みそかに東京の池袋ル・ピリエで開いてきた公演は大きな話題を呼んだ。

 代表曲の「夜が明けたら」は70年安保闘争が吹き荒れた時代を象徴する歌として人気があった。2007年2月14日発売の「ダークネス」は最後のCDベスト盤。著書に「こんな風に過ぎて行くのなら」などがある。

◆ラストライブ満席

 浅川さんの最後の舞台となったライブハウス「ジャズ・イン・ラブリー」のステージについて同店オーナーは「独特の美学で独特の世界を繰り広げていた」と振り返った。同店には約20年前、5年前、昨年1月に次ぐ出演。15、16日の2日間とも満席で、17日は開演の午後7時半を過ぎても姿を現さなかった。「ホテルで倒れていた」と伝えられた約70人の客は「大丈夫?」と心配した様子。ユニットを組む渋谷毅、セシル・モンローが約40分演奏し、代金を払い戻した。オーナーは「弱視以外に体調が悪いという話も聞かず、歌っている時もそぶりもなかった」と話した。

◆新宿拠点に活動

 浅川さんは10年以上前から東京の「新宿ピットイン」を拠点に6、12月の年2回のライブに出演。昨年12月にも26~30日の5日間連続公演を行ったばかりだった。ピットインによると、ピアノ=渋谷毅、ドラムス=セシル・モンローらとユニットを組み渋い歌声を響かせていた。

◆自分に厳しい人

 作詞家の喜多条忠さんの話 亡くなったという連絡を受けた時はびっくりして、動けなかった。自分にすごく厳しい人で、周りが完ぺきなコンサートだったと思っても、自分でそのように言うことは一度もなかった。昨年末に新宿でライブを見た時は血色が良く、声もよく出ていて、すごく元気だった。「1月の名古屋公演が終わったら6月まで何もないから、一緒に歌でも作ろうよ」と言われたのに…。